モンハン小説 番外編
 
 
 私こと、ニーナの家系は代々ハンターの家系だ。同じ村のジンの一家とは村では有名なライバルといった関係である。
 今回私がクエストを受けさせられたのも、ジンがドスランポスのクエストを受けたからという理由らしい。お父さんは「ライバルとして、ここで黙っていたら負けなんだ!」とか言っていたし間違いないだろう。
 今までに簡単なクエストを受けた事は何度かあるけど、大型の肉食モンスターを狩るのは今回が初めてだ。だというのにお父さんは「ライバルとして(省略」と言って聞かず、クエストレベル2のクエストを私に受けさせている。

 私は気が進まないまま、最近新調したガンナー用のハンター防具とハンターボウを見に着ける。背中のリュックには回復薬や軽い食料、それに強撃ビンと麻痺ビンと毒ビンを入れた。矢筒は現地で着ける事にしよう。重いし。
 これで準備は終わり。後は…気合いでなんとかしよう。

 そして私はイャンクック狩猟クエストの為、沼地に出発した。必ず勝って来いという理不尽な条件付きで。
 
 
 船に揺られること約半日。私はやっと沼地に到着した。初めて来る沼地は湿気が多く、少し冷えているように思える。
 船から降りると私は早速、支給品ボックスの中を確認する。青い大きな箱の中には、応急薬と携帯食料といった定番アイテムの他、支給用痺れ罠なんて気の利いた物もあった。
 それらのアイテムをリュックの中に詰め、ボックスの中に入っていた地図を広げる。沼地に来るのが初めてな私には、地図の確認くらいはしておくべきだと思ったからだ。あらかじめ聞いていた通り、洞窟のような場所もあるようだ。最上部のほうに草原があったのは少し意外ではではあるが、特に問題ではないだろう。
 
よし、準備は万端。後はクエストをこなせば終わりなんだから頑張れ、私。
 最後に自分に精一杯の気合を入れて、私はベースキャンプを後にした。次にここに来るのはイャンクックを倒してからだ。 多分。
 
 
 ベースキャンプから少し離れた所まで来て、雨が降っているのに気付いた。こんな事にも気付かなかったなんて、自分がどれだけ緊張していたかが分かる。私は深呼吸をし、心を落ち着ける。それだけでも結構気が楽になった。
 そのまま意識を集中し、イャンクックの気配を探った。自動マーキングのスキルのお陰で、イャンクックの居場所が正確に頭の中に映る。
 
小さな気配では無く、大型モンスター特有の大きな気配を探る。すると、エリアの最も奥の方に大型モンスターの気配があった。十中八九イャンクックの物だろう。一番奥と言えば、さっきの草原のあるエリアのはずだ。
 私は乾いた味のする携帯食料を頬張りながら、一番奥の草原エリアまで駆けていった。
 
 
 丁度携帯食料を食べ終える頃には、草原が見えてきていた。
 念のためにもう一度気配を探り、イャンクックが移動していない事を確認した私は、膝の高さくらいまでの草で覆われた草原に入っていった。

 膝の高さまである草は意外にも軽く、走るときにも抵抗はあまり無い。ただ、一歩踏み出す度に草同士が擦れあって音を出すのでモンスターに見つからないように進むのは難しいように思える。というか、実際そうだった。
 イャンクックの近くまで見つからずに進もうと考えた私は、しゃがみながら近づいていったのだ。生い茂る草のお陰で体は完全に隠れていて、我ながらナイスアイデアだと思っていたものだ。だがイャンクックの近くまで行ってやっと気づいたのだ。ずっとガサガサと音を立てながら進んでいた事に。
「……あ」
 
 その後、容赦無く振り下ろされた鋭いクチバシを辛うじてかわした私は、 即座にイャンクックから距離を取った。そして弓を構え、矢を射ろうとした。ここで私のもう一つのミスが分かった。
「矢筒付け忘れてた…」
 
 
 私は当然の如く焦っていた。先に敵に見つかるのはいいとしても、矢筒が無いのでは話にならない。矢の無い弓なんてただの棒のようなものだ。それで殴るよりはまだ石ころを投げているほうがマシだろう。
 とにかく何かで攻撃しなければ、とでも思っていようだ。パニックになりかけていた私はリュックの中に手を突っ込み、一番近くにあった物をイャンクックに投げつけていた。
「えっ…」
その直後の事だった。私が投げた黒っぽい球は、キーンという感じの音をたてて破裂していたのだ。それが音爆弾の音だと分かった時には、目の前にいるイャンクックは力なく立ちながらふらついていた。
 何がなんだか分からないけど、矢筒を取るなら今しかない!イャンクックが大きな隙を見せている今を逃せば、そのチャンスはもう無いだろう。私は急いでリュックの中を探す。矢筒はリュックの広い方のポケットに入っていた。
 それを肩にかけ、流れるように弓を射るとイャンクックの顔にプスッと気持ちのいい音をたてて刺さった。続く二本目もイャンクックの薄い耳に刺さってくれた。三本目を射ろうとして矢を取った時、イャンクックに変化が起きた。
 
 
 三発目を射ろうとした時、それまでふらふらとつっ立っていたイャンクックが急に頭を上下に振り始めた。まず一度、そして一度目より速い二度目。よく見たら口からは黒い息のような物が出ていて、見るからにヤバい。
「これはちょっとマズいかも…って、うわっ!」
 アホな事を考えていたら私に向かって火炎液を吐いてきていた。幸いにも当たりはしなかったけど、火炎液をモロに食らった草が一瞬燃えたのが見え、その威力を思い知らされた。この雨の中でも火がつくようなものを自分が食らったらただでは済まない。
 私が草に目を奪われている間にも二発ほど火炎液を吐いたイャンクックは、目を疑うような速さで突進してきた。私はそれを右に移動して避けようとしたけど、間に合わずに左手がイャンクックの翼に当たってしまう。体を横に回転させて衝撃を和らげはしたが、完全に無くす事は出来なかった。
「痛っ!」
 痛さに涙が滲む。それでも弓を手放さなかったのは我ながらよくやったと思う。左手の方も少し痺れてはいるが、大した怪我はしてないみたいだ。
 
 

 何だかなぁ…。このまま押され続けるのってつまらないよね?
 攻めてこそ、ハンターだよね?

 攻撃を食らったせいか、頭のネジがどこかに吹っ飛んでしまったようだ。私は突進の勢いで、向こうを向いたまま倒れているイャンクックに弓を射る。特に力も入れず、とにかく射る。
 そんなに距離も無かったおかげか、矢は全て当たってくれた。イャンクックが体勢を立て直し、こちらに向こうとしているのが見えたが、それでも構わず射る。力も入れずに射っている矢は、イャンクックの体に刺さり、時には肉を裂いた。
 が、言ってしまえばそれで終わり。イャンクックには大したダメージも与えていないはずだ。
 それを理解した上で、私はとにかくありったけの矢を射る。

 それから時間を置かずに、イャンクックは完全に体勢を戻し、犬のように体をブルブルと震わせる。あまり深く刺さっていない矢は、それだけで地面に落とされた。
 

 イャンクックの眼はこちらを真っ直ぐ睨んでいる。
 私を立派な敵と認めた証だろうか。だが、もう遅い。

「お前はもう負けているのよ」

 そう。もう勝敗は決まったも同然なのだ。
 イャンクックが飛び掛ってくるが、私は動かなかった。避ける必要は無いと分かっているからだ。

 飛び掛ってくるイャンクックが頭を大きく振り上げる。一瞬後には私の体目掛けて鋭い口ばしが振り下ろされていただろう。
 だが、イャンクックに出来たのは振り上げる事だけだった。振り上げた頭と共に、その巨体は力無く地面に崩れ落ちた。
 麻痺ビンの効果が今頃になって表れたんだろう。
 さっきのありったけ射た矢。あの時、弓には麻痺ビンを装着しておいたのだ。尤も、もう少し早く効果が出ると思っていたのだが。

 イャンクックはこちらを視ている。その眼には恐れや怒りは無かった。
 当然の事を受け入れるかのように、ただこちらを視る。
 この麻痺も長くは持つまい。今ここで殺さなければ、イャンクックは私を殺すだろう。
 それが当然なのだ。私はハンターで目の前の相手はモンスターなのだから。

 私は毒ビンに浸した矢を握り、イャンクックの脳天に思い切り振り下ろした。
 ドス、という鈍い音がして矢は深く刺さった。もう動けないだろう。

 それから数秒も経たないうちに、イャンクックの眼は静かに閉じた。
 
 
 あれから私は、大して剥ぎ取りもせずにキャンプに戻ってきた。
 あれだけ苦労して倒したのに、何かすっきりしない。何故だろう。
 報酬は受け取ったが、それで心が晴れる訳でも無かった。
 船頭の人が「おめでとう」とかそんな事を言っていたと思うけど、上の空であまり憶えていない。
 
 私は村へ向かう船に揺られながら、いつの間にか眠りについていた。
 穏やかな揺れだけが心地よく思えた。