二部 一章 後編 その③
 一章 王女とシュレイド王国 後編 その③
 
あぁ、ここまでか....と思った時だ。すぐ目の前にいる迅竜の
様子がおかしい。顔を右に向け、何かを睨みつけ唸っている。
そして俺の目の前から姿を消すと、丁度俺の意識は途切れた.....
「......ジャ.......ク...ジャッ.....ク」
.....何かが俺を呼んでいる.....体が痛い.....重い瞼をゆっくりと開く。
「ジャック!!」
俺の目には見たことが無い白い天井が広がった。金髪の少女の
顔が見える。意識が少しずつ戻ってくる内に、それがリラと
ようやく分かった。
「よかった~!酷い怪我だったから、心配したんだからね!」
俺には幾つもの疑問が思いつく。なぜ俺は助かったのか?なぜ城にいるのか?
リラに聞こうとしたが、体が痛みそれどころではない。
「うぅっ....」
痛みで呻いてしまう。
「ゆっくり寝てていいよ。ちゃんと迅竜を狩ってきた事は、了承済みだからね。」
ここは、医療室らしき場所だった。周りには医療道具が並んでいる。
体には包帯が巻かれていた。少し滲む。
「ジャックが助かって良かった...」
ツーっとリラの頬に垂れる一筋の涙。それは俺の頬に一滴の雫となって
落ちた.....
 
その時から、ジャックの気持ちは揺らいでいた。決心したはずなのに、
俺は密かにリラの事が気になりかけていた。どうしようも
ない男だと思う。ヘレンの事をあれだけ好きなのにだ。
俺はリラの気持ちを裏切る事ができないでいた。
俺の為に泣いてくれる、笑ってくれる、そんな
事をしてくれる人を大切にしろと、よく親父にいわれた。
(俺はどうすりゃいいんだ.......)
悩むに悩んだが一考に答えは出ない。ベッドに
横たわっている俺はため息をついた。でも
よくよく考えれば、俺はハンターで彼女は王女。
どう考えても、俺と釣りあわない。そうさ、
俺はハンター。初めからそういう事は絶対に無い。
それにポッケ村に帰れば、さっぱりと忘れるかもしれない。
明日が帰る日。こんな事を考えたくないジャックは、
明日よ早くこい、と思った。これで会う機会も無くなる。
リラとはちょっと仲良くなっただけ。ひたすらそう自分に言い聞かせ寝た.......
 
だが一つ気になっている事がある。なぜ俺が助かったのか?
あの状況なら、間違いなく俺は喰い殺されたに違いない。
あの迅竜が見ていたもの.....流れのハンターだったのだろうか?
それとも.....
考えてる内に狩りでの疲労で、睡魔が襲う。俺はその睡魔に身を任せた。
...どれくらい寝ただろう。ふんわりやらかいベッドの上から、
目をこらし時計を見れば深夜一時。すっかり寝てしまい、
眠気がさめてしまった。...ちょっと散歩でもするか。
.........静まりかえった城内の階段をコツコツと音をたて降りる。
門に手をかけゆっくりと開ける。そして広がった世界は、とても幻想的だった。
「綺麗だな.......」
一面に広がった夜空。そしてダイヤモンド以上に輝き光る流星群。
その無数に流れる流星に思わずみとれる。もっと高い所で見たい。
ただ純粋にそう思い、城の裏にある小さな山に登った。天辺についた時には
手が届きそうなくらい近くで見える。数々の光輝く、流星。
ゆっくりと流れるその姿を、太い木に寄りかかりながら
眺める。俺はそれを見て少し心が和やかになった気がした......
 
俺はその場で寝っころがる。草があたってちょっとくすぐったい。
だけどその感触は、好きだった。虫の鳴き声が聞こえる。
リーン..リーン。夜に聞こえる虫の静かな鳴き声は、すがすがしい。
風のにおい。草のにおい。いつも嗅いでいるにおい、
このにおいが俺は好きなのかもしれないな。
「それにしても綺麗な流星群だな。昔、よく親父と眺めたな........」
などと遠い昔の事を思い出す。懐かしい.....
一滴の涙が頬を伝う。悲しいわけじゃない。目に塵が入っただけだ.....
そんなジャックは、また一歩、大人に成長していた。
 
悲しみと懐かしさに、浸っているとどこからか、声が聞こえる。
その声の行方にこっそりと、近づいてゆくと人影が。
「あれは......リラ?何でこんな時間に?」
不思議に思い、俺は近づき声をかけた。
「ジャ、ジャック!?なんでここにいるの?」
「ちょっと眠気が覚めたから散歩してたんだが、リラこそ何故こんな時間にうろついているんだ?」
「流れ星に願い事をしてたの。」
「願い事?」
「うん。大好きな人の隣にずっといたい、ってね。」
「そうか.....」
「ねぇジャック。私の事好き?」
「..............」
長い沈黙が続く。そして、
「俺は好きだよ。」
長い沈黙から言った言葉。続けて俺はこう言った。
「リラは、気がきくし真面目だし、俺の為に泣いたり笑ったりしてくれる、」
そして息を吸い込み、決心した。
 
だけど........」
さっきまでリラにあわせていた目線を、右下にそらす。
「俺は....ヘレンが一番好きなんだ。俺はそんな彼女を一生守っていくと決めたんだ。俺はこの決心を変えようとは、思わない。彼女も俺の事を...想ってくれるから.........」
そして、俺はそっと彼女を抱き寄せた。
「勝手でゴメン。だけどこれが俺の正直な気持ちなんだ...」
と強く抱きしめる。リラは、俺の胸で涙を流していた......
光輝く夜空が、俺達を見守っている気がした。
ー翌日ー
俺はゆっくりと進む馬車に揺られながら、遠くなってゆく
シュレイド城を、ぼんやりと眺めていた.....
 
第二部 第一章 王女とシュレイド王国  完