二部 二章 後編
 二章 狩人達が目指すもの 後編
 
 何とか村に帰った俺達は急いで村長の元に向かった。雪山・深奥で見たもの、全てを告げた。
「ふむふむ…そ奴は恐らく〈崩竜ウカムルバス〉じゃ。あやつはのう、〈覇竜アカムトルム〉と遙か昔に長く激しい戦いを続け、互角、いや互角以上に戦いあった飛竜じゃ。宗教の奴等は白き神として拝んでおる。」
「そ、そんな奴が存在していたのか…そいつは俺達でも狩れるか?」
 村長は顔色を悪くしてこう言った。
「わからぬ…だがお前とその者達なら崩竜と戦う資格はある。今はそれだけじゃ…」
 その目には暗い絶望の光が宿っていた。きっと俺達でも狩ることは無理に近いのだろう。
「……」
 沈黙が続いた。言葉を失ってしまう程の絶望的な危機が今ポッケ村に近づいてきてる。きっと誰もが恐怖しておびえるだろう。だがヘレンは違った。
「崩竜討伐…面白そうじゃない。私たちフィアーズに討伐できないモンスターはいないわ!」
 ヘレンが蒼くキュートな瞳を輝かせて言い放った。自信で満ちあふれていた。確かにそうだ。戦う前から憶していては、その時点で負けたも当然だ。俺達は今までいろんなモンスターと戦ってきた。そして狩ってきた。そう思うと何だか自信が沸いてきた。
 
「よーし、やってやろうじゃないか!我らフィアーズに崩竜討伐を任せてもらいたい!」
 村長は深く考え込んだ後、近くのテーブルに乗っていた紙切れに、何かを書き始めた。
「契約金3000ゼニー報酬金36000ゼニー。この額で依頼を儂から直々に出そうぞい。文句はないな?」
 さっきの、絶望が宿っていた村長の目には新たに希望の光が宿っていた。それは俺たちへの期待、信頼からだろう。ますます、やらなければならないという責任感が強まる。
「任せておいてくれ。万全の準備で明日は狩りに出たいからもう寝るぜ。」
 と言い俺たちは別れ、各自で明日の狩りに向け備えた。
 
 俺は自分の部屋に向かい、背中の武器を取り出した。五枚の刃がギラリと鈍く光る。その一枚一枚を丁寧に研いで、武器を磨いた。切れ味は抜群だろう。
「明日はポッケ村の命運を賭けた狩りだ。ポッケ村は俺が守ってみせる…親父との誓いを守るためにも、ヘレン達と村人達を守るためにも…」
 俺はそれを胸に刻み込み、眠りについた……
             *
 一方、ヘレンは冷えた体を温める為にお風呂に入っていた。
「ジャプンッ……」
 少し熱めの湯船に浸かる。明日はいよいよ崩竜との決戦の時。ジャックの力になりたい。そして狩り終えたら……
「やだっ!何考えてるのかしら、あたし……」
 恥ずかしくて、顔から火が出そう。思わず湯船に顔を入れる。
(明日狩ったら絶対に……)
 ヘレンは密かにある事を計画していた……
             *
 フラックは何もする事がなかったので、外に出てゴツゴツした岩の上で星空を眺めていた。
「ククク、今日はオーロラが見えますね。良い夜です…」
 鮮やかな色を放つオーロラは雪山を包みこんでいるかの様に見えた。こんな夜が一番好きだ。この神秘的な感じが不思議とフラックの心を和ませていた……
 
             *
 リースは亡き父親ビーク=ドルフのお墓に線香を供えていた。明日の狩りの事を伝えるために。
「お父さん、私ね、明日とにかく凄いモンスターを狩ってくるの。……でも…怖いの…明日の狩りが…」
 それが正直な気持ちだった。命の危機に見舞われた事は何度もあったはずなのに、もう慣れていると思ったのに…。怖い……怖い……
「お父さん、私何故か怖くてたまらないの…どうしたらいいの…お父さん。」
 お墓に寄りかかるように、顔を地面に向け泣いた。怖くてたまらないからだ。こんな状態ではまともに狩りを行える筈が無い…
 恐怖がリースの心を埋め尽くしていた……
             *
 単身狩りを行っていたジャックの弟ことジャンは、今日も四日ぶりにポッケ村に帰ってきたのだ。
「いやーやっと付いたぜ。今日はオーロラが見えて綺麗だな。」
 とぼやきながら、自宅に戻ろうと歩いている時、自宅の上にある丘にオーロラと星に照らされたリースが立っていた。確かあそこは……
 考えるよりも先に体が動いていた。
 
 丘に着いた時、一面にお墓が立っていた。ここは、亡き者を埋葬する場所。よほどの訳がない限り、めったに来ない。そしてリースがある一つのお墓の前で静かに泣いていた。
(どうしたんだろ?リースさん…)
 俺はゆっくりと歩いて近づいた。座っていた。俺に気づいていない様子だった。俺は肩に手で軽く叩き
「リースさん、どうしたんすか?一人で泣いてるなんて。」と言った。
 それ以外なんて言えばいいのか分からなかったからだ。俺は泣いている人に話しかけるのが苦手だった。リースさんは目に涙を浮かべ、こちらを向いた。そして慌てて涙を拭って、強がった顔になる。
「あ、ジャン君どうしたのよ、こんなとこに来るなんて。」
 さっきまでの表情とは違い、明るい表情になった。だが、さっきの辛そうな顔を見てしまった俺は、それが強がりだった事はすぐに分かった。
「リースさん、何かあったんですか?俺、見てましたよ。リースさんが、辛そうな表情で泣いていたの…」
 リースさんは、一旦表情が曇ったがすぐにさっきの強がった顔になった。
「え?あ、ああ、さっき泣いていたのはね、ゴミに目が入ったからよ。あはは…」
 
 嘘だ。俺は疑いの目で睨む。それを察したリースは、再び顔を下に向け、よく聞き取れない声で一言こう喋った。
「…………………怖いの…………」
 そう喋った。小さく、短かくと。
「怖い?…何が怖いっていうんだ?」
「明日の狩りが怖いの…あんな奴本当に狩れるのかな?もしかしたら死んじゃうんじゃないかな?って考えが、頭の中で矛盾して…怖い…」
「…そのモンスターは何て言うんだ?」
俺はいつの間にか口調が少し強くなっていた。
「《崩竜》…………崩竜ウカムルバスよ…」
「崩竜か……俺の…いや、昔話はやめとこう…リース、そんな状態ではまともに狩りをするなんて、できないだろ?やめとけ…」
「だけどあたしが抜けてしまうと、師匠達の連携を崩してしまう…だから、」
「要は代わりがいりゃいんだろ?」
俺はリースの話を遮った。
「この俺ジャン=アーバァンがリース=ドルフの代わりに明日の狩り、俺が行くっ!」
俺はその場でそう決意した。困った人を見過ごせない性格だから。